NASAの「家族の定義」が教えてくれたこと。

こまつなのアイコン画像こまつな

こんにちは!こまつなです。

私にはとても大切にしている本が2冊あります。

ひとつは、梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」。

もうひとつは、幡野広志さんの

「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために」

という本です。

私はこの本から、

家族は選べるもの

というメッセージを受け取りました。

親子関係に悩んでいた私は、

「家族が選べる」という言葉に

すごく救われたのです。

目次

「ぼくたちが選べなかったことを選びなおすために」

幡野広志さんは写真家です。

幡野さんは、

がん宣告をうけたことをきっかけに、

同じがん患者の方や、

ご家族を取材することにしました。

そこでのエピソードから

幡野さんが感じたことを、

「選ぶ」というテーマで綴った本が、

「ぼくたちが選べなかったことを選びなおすために」です。

この本で私が一番印象に残っているのは、

NASAの家族の定義についての話でした。

私はこのNASAの家族の定義から

家族は選べるものなんだ

ということに気づかされました。

NASAの「家族の定義」

スペースシャトルが運行されていた時、

NASAには宇宙飛行士の家族を

サポートするプログラムがありました。

心理的にサポートしたり、

子どもの面倒を見たりと

様々な支援をしていたんです。

そしてNASAはここでの「家族」を、

二つに分けていました。

ひとつは「直系家族」、もうひとつは「拡大家族」。

シャトルの打ち上げを特別室から見学できるのは「直径家族」のみ。

宇宙飛行士に何かが起きた時、

連絡が入るのも、「直系家族」だけでした。

直系家族に含まれるのは、

  • 配偶者
  • 子ども
  • 子どもの配偶者

のみです。

つまり両親や兄弟は「直系家族」には入らないんですね。
(拡大家族に振り分けられます。)

幡野さんの言葉で常識が崩壊した

でも、落ち着いて考えていけばよくわかる。家族とは、「親子」の単位で始まるものではなく、「夫婦」の単位で始まるものなのだ。同性婚を含め、自分で選んだパートナーこそがファミリーの最小単位なのだ。


親を選んで生まれることは、誰にもできない。

「ぼくたちが選べなかったことを選びなおすために」幡野広志

親を選んで生まれることはできないけれど、
パートナーを選ぶことは誰にでもできる。

家族の枠組みはアップデートされるべき時代に差しかかっている、と

幡野さんは述べています。

私はこの文章を読んだ時に、

がつんと頭を殴られたかのような

感覚を覚えました。

「家族は自分が選択するものだ」という考え方が

わたしにとっては衝撃的だったのです。

選択できないものから、選択できるものへ。

昔はお見合い結婚や、

政略結婚が横行していましたが、

もうそんな時代は終わりを告げ、

自分で選択できる時代になりました。

これはパートナーだけではなくて、

仕事を含めた生き方もそう。

わたしはそれまで、

「こうしなければならない」

「こうあるべきだ」

という考えに

がちがちに縛られていたんです。

幡野さんのこの本を読んだ時、

今まで私を縛っていた鎖が

バラバラと崩れ去っていきました。

そして同時に心がとても軽くなったんです。

「ああ、わたし、選んでいいんだ」と。

今まで、愛情欲しさに親の顔色ばかりうかがって、

親の言うとおりに生きてきた私にとって、

「自分が選ぶ」ことは、

まるで悪いことのように思っていました。

でも自分で選ばないことは、

すごく窮屈で、

ずっと生きづらさを抱えていたんです。

家族のかたちを失った家で

育ったわたしにとって、

自分が家族を持つことは、全く想像できませんでした。

「家族」を知らない私が結婚も、子育ても、

できるわけがない、

そう思い、全てをあきらめていたんです。

けれど、「選ぶことは誰にでもできる」

という言葉にハッとさせられました。

自分が結婚することも、
出産することも、
子育てすることも、

選んでいい。

自分が幸せになることを選んでいいんだよ。

そう言ってもらえた気がしたのです。

「心から親に感謝できるだろうか」という思い

私がこの「家族の定義」が印象に残ったのは、

もう一つ理由があります。

NASAの直系家族の中に

両親が含まれていないことを知った時、

わたしは少しほっとしたんです。

今まで親戚や先生たちなど、

周りの大人から、

「大きくなったら親孝行しなきゃね」

「親にはたくさん感謝しなさい」

と言われて育ってきました。

血のつながりが一番大切で、

最も優先すべきものだと。

その考えを否定するわけではありませんが、

私はこういう言葉を投げかけられるたびに

違和感を感じていたんです。

家族になりきれなかったわたしのかぞく

私の母は精神疾患を患っていて、

私を出産したときのストレスで

病気がひどくなりました。

そのため私のことを子どもと認識することができず、

抱っこもおっぱいも与えようとはしなかったそうです。

中学生になるまで

まともに母と会話することはできない状態で、

私にとっての母は、

「お母さん」というより、

「同じ家に暮らしている知らない人」でした。

父はそんな母とわたしを支えるために

毎日仕事を頑張ってくれていましたが、

夕方から明け方まで働いて、

朝から夕方まで眠る。

そんな生活だったので、

父と顔を合わせることはほとんどなく。

疲れていて仕方のないことだとは思いますが、

遊んでもらったこともほとんどなく、

毎日の食事も小さい頃から

ほとんど一人きり。

会話も事務連絡のような表面的なことばかり。

普段ほとんど会話をしないのに、

人間関係や進路のことになると、

過剰なほどに干渉されました。

そんな状態だったので、

「父は私のことを理解してくれない」と

早い段階で、父に対して心を閉ざし、

それから父と本音で話せなくなってしまったんです。

そんな中で、他人から発される

「親は大事にしなきゃね」という言葉は、

私の心にずんとのしかかったまま、

私の心を締め付けていました。

だから、

「直系家族」という定義を知ったことで、

そういう考え方もあるのだと、少し救われたのです。

自分の家族は自分で選べる。

両親が直系家族に入らないという定義は、

血のつながりを重視する文化のある日本では、

批判が上がるかもしれません。

それに、「両親が直系家族に入らないことで、ほっとするなんて、理解できない」

という方もいらっしゃると思います。

両親と仲の良いことはとてもいいことです。

わたしも、もし自分が家族を持つことになれば、

仲良しでありたいと思っています。

けれど、世の中には、

両親と「仲良し」になれなかった人もいます。

身体的、精神的、心理的な虐待、

ネグレクトを受けた人。

両親がいない人。

仕方のない理由で家族になれなかった人。

見えない暴力を受けた人。
(子どもの意志を尊重しないのも、私は暴力だと思います。)

様々な背景で、様々な理由で、

親を家族としてみなすことに

違和感を覚える人たちがいる。

そういう人たちに、

NASAの家族の定義のような

考え方があることを知ってもらいたい。

そして、「家族は選べるよ」ということを伝えたい。

こまつなのアイコン画像こまつな

家族に限らず、「自分で選ぶ」ということが、
人生を幸せに生きるカギだと私は思います。

今回お世話になった本、

「ぼくたちが選べなかったことを選びなおすために」は

家族関係、特に親子関係で悩んだことのある方、

今現在悩んでいる方は

きっと心に残るものがあると思います。

人間関係について、「選ぶ」ということについて、

考えさせられる一冊です。

気になる方は、ぜひ読んでみてください。

こまつなってどんな人?

私のこれまでの過去の歩みを洗いざらい書いています。詳しいプロフィールはこちらから読めます↓↓

>>こまつなの自己紹介

 

こまつなとお話しませんか?

こまつなのLINE公式アカウントはじめました!LINEではお悩み相談を受け付けています。

こまつなとお話してみたい、
相談を聞いてもらいたいという方は
「お話ししたいです」とトークルームの方にお送りください(^^)
個別に対応させていただきます。

不定期で生きるのがちょっと楽しくなる情報も届きます✨

>>こまつなの公式LINEはこちら

↓こちらをクリックしても飛べます

友だち追加
よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

21歳女子大生。
HSS型HSP。アダルトチルドレン克服。
2度のうつ病から立ち直る。

現在は心理学を学びながら、Twitter、ブログ、スタエフで生きるのがちょっと楽しくなる情報を発信中です✨

LINE公式アカウントではお悩み相談にのっています。
なんとなく誰かに話を聞いてもらいたい、そんな方も大歓迎です(^^)お気軽にご連絡ください。

夢は、生きづらさを抱えている人が「生きていて本当によかった」「人生楽しい!」と思えるようなお手伝いをすること。ありのままの自分で人生を楽しめる人を増やしたい。

目次
閉じる